海外移住

20代前半でオーストラリアの永住権を取得した方法

オーストラリアの永住権を取得して喜んでいる女性

大学三年生の夏にシドニーへの短期語学留学を経験し、大学卒業後にオーストラリアに渡ることを決心した私。

帰国後に永住権を取得するための準備を本格的に始めました。

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今回は、私がどのようにしてオーストラリアの永住権を取得したのか、そのプロセスを説明していきたいと思います。

オーストラリア永住権のリサーチ

机の上に広げられたノートとメガネ永住権の取得を考える場合、ビザの取りやすさも考慮して戦略的に考える必要があります。年齢、英語力、職業などによって、永住権取得の難易度が変わってくるからです。

オーストラリア移住が可能な職業リスト

オーストラリアから帰国後、短期留学の際にお世話になったAPLaCの田村さんから永住権取得に詳しい方を紹介してもらい、お話を伺いました。

すると、当時20代前半で日本での実務経験のない私がオーストラリアで永住権を取得する一番の近道は、専門職業リストに載っている職業の勉強を二年間することで申請できる、技術独立移住ビザの取得を目指すことであると分かりました。

当時、このリストには会計士、美容師、調理師、パティシエなどの職業が載っていました。どの職業も私の大学の専攻とは全く関わりのないエリア。

自分ができるのはどの職業だろうといろいろ考えた結果、調理師を目指すことにしました。

料理に関する知識を学ぶということは永住権を取得するためだけでなく、その後生きていく上でも必ず何らかの形でプラスになるのではないかと思ったのも選んだ理由の一つです

正直なところ、どの職業の勉強するかは消去法で選んだ部分があります。

もともと文系で数字が苦手だった私には、英語で会計士を目指すのはハードルが高すぎました。

そして、美容師は美的センスに自信がなかったというのが本音です。

調理師とパティシエの間で少し迷いましたが、パティシエのコースの方が学費が少し高かったことも考慮し、最終的に調理師コースを選択しました。

留学に必須、IELTS(アイエルツ)のスコア

調理師コースに進むことを決めた後は、入学に必要なIELTSのスコアを取得するために英語の勉強に打ち込む毎日。

もともと、一人でコツコツと勉強をするのが好きだったので、主に家にこもって独学をしました。

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そして、約三ヶ月後に入学に必要であったIELTSジェネラル・モジュール5.0以上のスコアを無事取得。

シドニーの調理師コースへの入学を決めました。

どんな試験もそうですが、IELTSはどのような形式で、何を求められているのかが分かれば対策がしやすくなります。

  • リーディングリスニングはIELTSの過去の問題を何回も繰り返して勉強し、パターンを体で覚えました。
  • ライティングは日記をつけて練習したり、通信講座も利用しました。
  • スピーキングはオーストラリア永住権保持者の方からレッスンを受けたり、一人で鏡に向かって誰かと話すふりをしながら練習をしました。

オーストラリアで永住権を取得するまでの二年間

クラスで学ぶ学生の姿2005年3月、早稲田大学の卒業が確定した直後に日本を出発。私のオーストラリアでの生活が幕を開けました。

シドニーでの留学生活

カナダにホームステイに行った頃から比べると、英語も大分上達していましたが、まだまだ自分の英語に不安があったため、Sydney College Of Englishで三ヶ月間英語を勉強。

その後、Carrick Institute of EducationのAdvanced Diploma of Hospitality Management (Commercial Cookery)コースに入学して二年間学びました。

必死だったからでしょうか。実は、この頃のことはあまり記憶に残っていません。

三ヶ月間のお試し短期留学は経験していましたが、今回は帰国予定なし。

日本で一人暮らしをしたこともないまま海外に渡り、まだまだ流暢とは程遠い英語でシェアハウスを探し、勉強と家事に追われる日々。

料理が上手な母から学ぶこともせず、日本を出るまで全て甘えてきた私。

今でこそ料理が好きですが、当時は何を買えばどういった料理ができるのかということすら分からず、スーパーで何を買えばいいのかと一人で途方にくれたものです。

そんな私が調理師の学校に入ったのですから大変だったのも納得ができます。

しかも、授業や宿題、テストももちろん全て英語。一日24時間では足りないと真剣に悩んだことさえありました。

唯一の救いは、同じクラスに日本人女性が一人いたこと。英語では伝えられないいろいろな思いをお互いに話すことで、一緒に乗り越えることができました。

留学をして色々な国籍の人と勉強をするとことで、日本では経験したことのないような出来事もありました。

私が真面目に勉強をしていることを知った数人のクラスメイトたちに、テストの時にカンニングをさせてもらえないかと交渉を持ちかけられたことも。

ビックリして何も言えなかったことを覚えています。

永住権申請条件への変更

節約をしながら生活をすれば、しばらくの間はオーストラリアで心配せずに暮らせる程度の資金を貯めてからシドニーに渡りました。

しかし、調理師のコースに通っている途中でアルバイトをしなければならなくなります。理由は、ビザ申請の必要事項に変更があったからです

それまでは、調理師コースを修了するだけでビザの申請ができたのですが、法律の改正によって、コックとしての実務経験を積むことも必須となり、レストランでアルバイトを探すことになったのです。

コックとしての経験が全くない留学生の私を雇ってくれるレストランがあるのだろうかと不安になりましたが、悩んでいても仕方がありません。

自分で履歴書を作り、飛び込みでレストランを回り仕事探し。幸運なことに、一人のシェフが何の経験もない私にチャンスをくれ、仕事にありついた私。

突然働くことになり戸惑いもありましたが、その仕事を通して今でも親しい友人に出会うことができたので、働く機会に恵まれてよかったと思っています。

アルバイト探しは、シェアハウス探しと同様、とにかく自分から行動を起こすことが重要だと身をもって感じました。

履歴書に書かれた経験ではなく態度で伝わる熱意というものがあるのかもしれません。

オーストラリアに永住するということ

女性の幸せそうな笑顔三つのレストランでコックとしてアルバイトをして900時間の実務経験を積んだ私は、技術審査に無事合格。

また、IELTSも受験しオーバーオール・バンドスコア(総合評価)7.5を取得しました。

怒涛のような二年間の学生生活を終え、ビザ申請の代行会社を通して技術独立移住ビザを申請したのは2007年6月でした。

そして、四ヶ月ほど経った頃、無事に永住権を取得。担当者の方から電話越しにニュースを聞いた時は安堵で胸をなでおろしました。

長かった二年半の月日。諦めなくてよかったと心の底から思いました。

ただ一方で、ここからが勝負だと身が引き締まる思いがしたことも覚えています

永住権を取ることだけを目標にしていると、取得してから燃え尽き症候群のようになって、最終的に帰国を決める人も少なくないからです。

最後に

住む権利があって英語が流暢な人はオーストラリアにたくさんいます。

この国で生き残っていくには、例えば仕事を探す時も、ネイティブの人たちと同じ土俵で競っていけるくらい、周囲の人よりも光る何かを持っている必要があるのです。

永住権の取得というのは、長い人生の中で見ると通過点でしかありません

その先に自分がどうしていきたいのかということに焦点を当てることで、永住権取得後の人生を更に充実したものにできるのではないでしょうか。

私が永住権を取得したのは2007年になり、現在とビザの取得の必要事項は大きく異なります。

人それぞれの状況(年齢や、英語力、持っている技術など)によって、申請できるビザのタイプも変わってきます。

オーストラリアへの移住を考えている方は移民局公認のビザ申請代行エージェントに相談することをお勧めします。

最後までありがとうございました。
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